「あの時に戻れれば」と思う事がありますか?
祖母との別離とともに、多大な後悔と哀しみ、人としての誇りを取り戻す経験をした。
伊集院 静先生の著書と言葉を借りるのならば、僕にとってはこれこそ「さよならの力」だったのだと思う。
誤解を恐れずに言えば、FF14はたかがゲームで仮想空間だ。
実際に僕が別離を経験するわけじゃない。
でも、仮想空間だって世界だ。そこに僕が存在するなら、僕にとってはされどゲームといえる。
然りとて
冒頭の僕の無粋な問い。
社会に出て打ちのめされた僕の最大で唯一(かもしれない)の後悔。
祖母にちゃんとありがとうと言いたかった。大好きだよと伝えたかった。
こんな小さな思いを伝えられなかったんだという事がなにより重くて、どこかにぶつけたかったというのと、ヨカフイ族の死生観では別離をどう消化するんだろうという興味と期待がありました。
だからこのクエストは、ただプレイするというより、”腰を据えて”体験したかった。
1つ1つを咀嚼して信頼度が上がるごとに1記事書きたいなって考えてました。
でも、やっぱりゲームって「実際にプレイしてほしいよな」という開発者でもないのに余計なお世話みたいな気持ちがありまして、動画文化が浸透して、「この考えはもう古いのかもな」とも思うのですが、やっぱり一から十まで僕が記載してしまうのは嫌だったのでこの形になりました。(結局記事にはする)
【第1弾】ヨカフイ族:さよならの先に
【第2弾】ヨカフイ族2 かけがえのない
【第3弾】ヨカフイ族3 いのちはつづく

あとがき
結局着地はありきたりな着地になったけれど、「亡くなった者が心の中で生きる」というのが、僕の中でずっと深くの腑に落ちた。
「僕はもう大丈夫だから、心配しないで、安心して見ていてください」と祖母を想い、祈る気持ちに嘘はないものの、まだ半分くらいは「心配を掛けないようにしゃんとしよう」と自分の言葉が、そのまま自分への言葉として返ってきているなと思う。
たかがゲームの仮想空間で腑に落ちた、”死生観”と”さよならの力”。
僕の世界では、この思いこそが本物なのだから、されど、ゲームである。
あとがきのあとがき
と格好をつけて書いてみたものの、実はこのあとがき(というかこのシリーズ)ずっと納得いかなくて公開できないでいました。正直今も記事にするべきか…とは思っています。
というのも、感じたことや思ったことを書いてみたものの、結局は本編で紹介した偉大な先達の言葉を借りて思考をなぞっただけなような気がしちゃってるんですよね。
憧れや尊敬もあって、どうしても引っ張られてしまうのはあるんですけど、説得力も語彙力もそうなんですが、何より”色気”が違う。
大人の男の懐の深さがあるのに、隙もあるような感覚があるんですよね。
百戦錬磨のプロの作家さんに対抗心なんてものはハナからないんですけど、でもそれだったらただ本を紹介して終わればいいわけで、それをしない、しなかったということはどこかにブログをやってる意地みたいなものはあるはず。
“納得がいっていない”、そこに尽きる。
結局はこんなことを書いてしまうことが何よりビギナーなんだろうなと情けないようでもあって、自分の軸がブレてるとまではいかないんですが、定まっていない感がすごくあって、たぶん不甲斐なくて悔しいんだと思います。
本編でも納得がいかない部分がそれなりにあって、例えば1弾のファーラファーが遠くの空とさよならの力を見遣る場面。
僕は「目には決意が宿っていた。」と書いたのですが、画像をよくみると瞳の光が星座のような配置になっているんですよね。リアルでの北斗七星であれば、”道に迷った時に進むべき道を示す「羅針盤」のような役割”があったり、”人間の生死や禍福(幸せと不幸)を支配する神様”という意味があるみたいなんです。(AIによる概要より、便利だ~)
横顔で写して、画面左から右上を見て、星座が瞳に宿った”構図”で見ると、ファーラファーはこの場面で”今までぼんやりとしていた決意”をハッキリと抱いたと取れます。(まあ見ていてくださいって言ってますし。)
でも僕にはこれがエオルゼアではなんという星座で、どういう意味があるのかわからず言及しませんでした。もちろんたまたま僕がそう解釈したくて星座のように見てしまっているだけなのかもしれないんですが、間違えることの恐怖や、エオルゼアへの理解が足りてないことをを書く勇気がなかったんです。
「これってもしかして星座を表してんじゃね!?うおおおお」みたいな熱量でもなく、このクエストを通して前向きになったり、力をもらったのに、記事にしていく中で言葉を書いては消してをくり返していると、結局は無難なところに落ち着けてしまう。(というより、「良いこと言ったぜ」みたいな雰囲気を醸したがる…w)
餅つきで”つき”が不十分だったとしても熱々というか不格好でも”つきたて”って美味しいじゃないですか。僕がやったのは「つきたてが一番おいしいんだぞ!」って言いながら成形して、きなこまぶしたり餡子乗せたりしているうちに餅が冷めちゃって、冷めちゃってるのに”熱々のつきたて”美味しいでしょ!って言ってゴリ押ししてる感覚なんですよね。
そもそも論、「そんなことが怖かったり勇気がないなら、なんでブログの記事書いてんの…?」なんですけどね…。
なので、3記事とあとがきを通して筋が通っているようで通っていないのは、たぶん僕のメンタルが揺れているせいなんだと思います。
冷めて、固くなってしまった餅でも、”味”を楽しんで頂けることを願って、せめてあとがきのあとがきくらい不格好なまま、ここに置いておきます。
~合わせて読みたい~
“僕”の体験をもとに綴った極7.2ブラインド攻略のまとめ記事です。フィクションです。





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