極7.2ブラインド攻略 6 ~守るべきもの~

極7.2 ブラインド攻略

昔、つらいことに泣く僕に母が教えてくれた。
神様はこの人なら乗り越えられると信じてつらい事や試練を与えてくれると。
でも幼い僕は、いや、大人になった今でも思う。
僕にはこんな事耐えられない。
手放しで信じられても乗り越えられないから、ただつらいだけだから、もう試練なんて与えないでくれと。

あの日以来、僕の心は淀み泡立っている。
これは僕に与えられた試練なんだろうか。それとも、ただの罰なのだろうか。

FCの庭で僕はそんなことを思い出しながら、ブラインド攻略開始の時間を待っていた。

狐の嫁入り

FF14ロスガルFCハウスの前で曇り空を見遣る

攻略は、紹介フェーズ、聖護壁、魔法陣展開・二式・三式・四式を比較的安定して攻略できるようになり、五式をダウンしながら抜けて、六式をなんとか見れるところまで来ていた。

梅雨を置き去りにして、暑さが急に顔を出す。
僕の頭にはレイドや仲間から逃げた記憶がチラと浮かんだ。

僕はぎゅーまで、ぎゅーまは僕だ。
それなのに、画面をたった一枚隔てただけの僕らがあまりにも乖離しすぎているように思えてならなかった。

個性豊かなメンバーが、それぞれに自分のやり方で攻略に貢献する。そんなパーティーの一員になれたことで、僕も何か特別な一人にでもなれたと思った。けれど、どう足掻いても逃げられない自分という人間の弱さと、小さな視線にすら怯える自分という現実を突き付けられた。

PTの準備が済み、レディチェックが入る。
なんの確認もせずに条件反射のようにチェックを入れコンテンツへ突入する。

おざなりに攻略をすすめながら、攻略メンバーのことを考える。

二人目の召喚士・ソフィアは、この中で一番付き合いが長い。大学時代の同級生、いわゆる「リアフレ」で悪友だ。
僕の人生において、こんなに長い時間友人として付き合ってくれている人間はそういない。
学生時代は共にバカをやった。海外へ行ったときは同じ布団で雑魚寝したことさえある(※健全な意味で)。

内向的で悲観的な僕に対して、ソフィアはけっこう社交的で楽観的だ。
人の悪いところであってもそんな部分もあるなと人の性(さが)に結構寛容で、人間味を面白いと捉えられる。この人はどこに行っても生きていけるだろうなあというのが僕の偏見だ。

ソフィアがブラインド攻略に参加すると聞いた時、僕は素直に嬉しかった。
リアルと変わらないにせよ、ぎゅーまとしての一面を友に見られる気恥ずかしさはあった。それでも友人がFF14をプレイして、楽しんでもらえるというのは、開発でもないのにどこか誇らしい気持ちになれた。

楽観的なソフィアが極ゼレニアブラインド攻略にあたって、珍しく弱気なことを言っていた。

「昨晩、何とか最新のパッチストーリークリアしたけど、極やりきれるか不安…。なんかあのボスクソ難しかった印象。」

「ブラインド攻略だからどうせ誰も何もわからないから気にしなくて良くね」

「まぁ~そうなんだけど、極とかじゃないノーマルなのに、すごい床ペロペロした感じで打ちひしがれたw」

ついに床ペロを使いこなすようになったか。

ソフィアの不安をよそに僕はそんなことを思い、光の戦士としての成長を感じていた。
FF14を純粋に楽しんで欲しかったから、リアフレとはいえ基本的には放っておいて、困ったら助けるという方針で関わっていた。

そして今日まで、FF14を楽しみ強くなった。
同じサークルに所属し、同じ趣味を持っているからわかる。リアルでも、今までそれなりに困難なことを共に乗り越えてきた。そんな彼でも、打ちひしがれることもあるのか。

雨の理由

吟遊詩人を務めるカイゲさんは明るくて前向き。太陽みたいで僕には眩しすぎるくらいだ。

ギミック処理で基本散開が近くになることが多いので、わかることがある。

こんな表現をすると本人は嫌がるかもしれないけれど、コンテンツ攻略における能力があらゆる面で高い。少なくとも僕はそう思っている。

人だから当然間違えることはあるけれど、それでもギミックの理解、考察、自分の考えを言葉にして伝える力、ギミックを理解してから安定してこなす力、皆が静まってしまった時に第一声を発する胆力。それらあらゆるものが自然に発揮されているように感じる。

それでも何故だか、自己評価が低い。

僕がミスしていてカイゲさんはミスしていないのに先に謝ってくれる。必ず私が悪いと言ってくれる。なんにも悪くないのに。

こんなことを書くのは野暮だけど、それは僕への配慮のようでもあり、過去の苦い経験からくるものであるのかもしれないと勝手に想像してしまう。

懐の深さに甘え、僕は僕で何もないような顔をしているのだから質が悪い。

以前、部屋の紹介記事を書かせてもらった時には分からなかったことがある。
あの部屋には大きな窓があって、外は静かに雨が降っていた。

攻略を共にしていく中で、繊細さや配慮に触れて人となりを感じると、ああ、だから雨が降っていたのかとどこかで納得した。けれど同時に、向こうの窓に雨上がりのように差していた晴れ間に、カイゲさんらしさが滲んで、僕は少しだけ救われた気分になる。

太陽の休むところ。あの部屋はたぶんそういう場所だ。

天使のはしご

そんなことを勝手に想像していると、二人とも前向きだけど、いつでもどこでも四六時中前向きなわけじゃないことに気が付いた。きっと何か難しい事や他者と関わるうえで、つらさとか痛みも感じながら学び、そしてそこには工夫や努力があるのかもしれない。なんてことのないギミックをミスし、こっそりと被ダメ上昇デバフを付けながら、そんなことを考えた。

皆、傷付きながら歩いているんだ。

雲が空を覆ってしまうように、つらい事や悲しいことは、理不尽に誰の身にも降りかかり心を覆う。
今はまだ前を向けないかもしれない、FF14でさえ主体性をもって楽しめていないように思う。
それでも僕は、胸を張って歩いて生きていくとまではいかなくても、自分の好きなことや大切にしてきたものは大切にしたい。
つらくても、悲しくても、痛くても、僕はまだ歩いていたい。

もう、レイドから、仲間から、自分から逃げてしまった過去を消せはしない。
もしこれが画面の中なら、地面に伏して毀たれても、超える力が発動して、息をするように困難に向かっていける。

でもここはエオルゼアじゃない。僕はそんなに強くない。
心に刺さってしまった小さな棘も、まともに抜けやしない。

でも、それでいい。
弱く臆病で、いつまでも後ろ向きな僕。
できることなら、強くありたかった。でも、そうはいられなかった。
これが僕なんだ。

ハイデリンの言葉の意味が、今なら少しだけわかる気がする。

これは試練なんだろう。

そう確かに感じる。この試練を乗り越えられるんだろうか。
目の前のゼレニアが、今までになく強く、大きく見える。

自分がどうなりたいのか。まだ輪郭もぼやけてハッキリとしない。
それでも僕の求めているものが、「ストレスが全くない楽な道」ではないということだけは見えた。

悪友の召喚士と太陽のような吟遊詩人の二人に学び、僕は再び立ち上がり歩き出す決意を胸に抱いた。

コメント