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【リアル】ガーン線と心の裕福さ【エッセイ】

歩いていると、車って邪魔だな、と思う。
車に乗っていると、歩行者って邪魔だな、と思う。

何にしても何かが邪魔になるなら、それは僕の心の問題なんだと思った。

仕事の移動中、今の現場は車がギリッギリのギリで通れる道の先にある。
住民の方々は慣れているのもあるだろうけれど、大抵皆さん道を譲ってくれる。
むしろイレギュラーなのはこちらだし、窓を開けてお礼を言うと、会釈なり、笑顔を返してくれたり、手で合図をしてくれたりする。

中でも印象的だったのが、背筋のシャキっと伸びた60代くらいの”ザ・山登り”みたいなハット型の帽子を被った淑女だ。

世は令和、手動でくるくるノブを回して窓を開けた僕が「ありざいます」というと、その淑女は満開の笑顔で「いいえ、こちらこそ!」と滑舌良く返してくれた。

たぶん、彼女の名前はサクラかヤエだろう。ボタンさんかもしれない。

牡丹桜(八重桜)

花言葉は、幾重にも重なる花びらから連想された「豊かな教養」「善良な教育」、そして上品な佇まいから「しとやか」です。(Geminiの回答より)

なんて気持ちのいい人なんだ。
バックミラー越しに見送った淑女は歩き方もハキハキしていて、僕が若さを頂いたみたいだった。

背筋の伸びた分だけきっと周りや先がよく見えていて、常に素敵な事でも見えているのかもしれないなと思っていたら、師匠がザリザリザリッとサイドミラーを石塀に擦ってなぜか僕が怒られたw

歩行者

車一台がやっと通れる程の道が、散歩道の途中にある。
土地柄、珍しいわけじゃない。

僕は道路と申し訳程度に分けられた傾斜のついた歩道があまり好きじゃない。
恐らく雨水を流すための傾斜と、車の出入りの為の傾斜だと思うが、ボケっと歩くプロの僕はとにかくこの傾斜に足をやられる。

オーディブルや音楽を聴きながら歩くとなおやられる。

そんなわけで、抜け道らしい散歩コースの道は車がくれば避けるのが面倒ではあるが、少しでも歩きやすい道を歩くのがボケっと歩くプロのやり方だ。

そしてプロは向上心を持っている。
道を譲ることがあれば、淑女に倣って僕も背筋を伸ばして感謝を表現してみようと思った。

そんな僕の心意気を神様は見て下さっているのか、早速僕にチャンスが訪れた。
背中からエンジン音、振り返らなくてもわかる。軽トラだ。
道の脇の階段に一段上がり振り返ったその時だった。

不機嫌さを隠しもしない、眉を中央に一生懸命に集めた色黒でもちゃもちゃのおっちゃんがこちらを見ている。

いわゆる”ガンくれる”というやつだろう。

神様。
初手でこのハードルは高すぎます。
僕にこんな試練を与えないでください。

僕の目の前をゆっくりと通る、でっぷりとした軽トラの柿色が僕には渋かった。
あ、スキル発動してる。もちゃもちゃのハードルをぼんやり眺めながら心がそう感じていた。
たぶん僕のおでこにはガーン線が走っていたと思う。

そういえば僕は人見知りで、見知らぬ人に向かって声を発するなんてことはそもそものハードルが高すぎる。どれくらい高いかと言えば、普通に歩いていたってハードルを潜って通れるくらいには高いだろう。
きっと昨日は感謝というバフのお陰で言葉が出てきていたんだ。
今のハードルは高さこそ僕の目線だったけれど、いきなり眼前はヤメて欲しいのである。

お互いに何かの方法で感謝を伝え合えれば平和なのに、中には露骨に不機嫌さをぶつけてくる人間もいる。

いや、たっぷり避けてるけど?
せめてなんかドウモみたいな感じだせや!

若い時分には、こんなことにもそうやって心の中で腹を立てていた。
今考えれば本当にどうでもいいことなのに、少し前は、自分が何か悪い事でもしたかと反芻し考えていた。

ストレスを受けるプロは伊達ではないのである。

今は本当にすごくどうでもよくて強いて考えるのであれば、きっと僕の知らない大変な事でもあったんだろうなと思う。
むしろ令和の世にこんな体験ができた謎の感動すらある。

すれ違っただけのお二方の違いがどんなものなのか、僕にはまだわからない。
でも、自分とは関係のない誰かへの関わり方に、染みついた所作に、人の心の余裕というか、裕福さみたいなものがもしあるとするなら、こういうところに滲み出るもんだなと思った。

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伏線はなかったと思う

散歩中、街灯の下で何日かの出来事からそんなことをふと考えて、メモをしていた僕。

イヤホンの向こうの声に顔を向けると、年の頃なら70代後半か80代に乗った頃だろうか。
なにやら話しかけてきているらしく、金魚みたいに口を大袈裟にパクパクさせた老女がこちらに歩いてきた。

すこし歩き方にクセはあるが足腰はしっかりしているようで、ウエストがゴムで”脱ぎ履き動きが全て楽”みたいなズボンをパタパタさせている。

僕はイヤホンを外して言った。

「ごめんなさい、どうしたの?」

すると老女、「今日四月の何日だっけ?」

「21日だよ」

「そ。アリガト」

それだけ言って老女は緑道を泳いでいった。

え?それだけ?
街灯の下に残された僕は、何が起こっているのかわからなかった。
やっぱり僕のおでこには、ガーン線が走っていたと思う。

神様、これはどういう試練ですか?

19時21分。
人生で初めてこの時間に日付を聞かれたなあ。

なるほど。
事実は小説よりなんとやらとはよく言ったものだ。

惜しむらくは僕がブロガーとして、このオチのニオイのするハナシに首を突っ込まなかったところだ。

「どうかしました?」
でもよかった。

「え?まさかタイムリープしてきたの?」
なんて聞けていれば…と記事を書きながら思ったけれど、これは僕の性格上思いついても口にしないなと思うw

心の置き方が、まだまだ記事を書く人間のソレではないんだなと教わった気がした。

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