振り返り早足で歩きだすEさん。
あ、これはまずい。
僕がハッキリしないせいで三人の関係を壊してしまうかもしれないと直感した。
いや、これで喧嘩別れなんてことにはならないとは思うが、折角対面して会えているのだから、笑いあったまま「またね」って言いたい。
これは欲なのだろうか。
ちょっと待って。行かないで。ちゃんと話せばわかるから。
僕の口は出しかけた言葉を小さな息に変えただけで、声にしてくれなかった。
振り切るように早足で進むEさんと、足を負傷していて早く歩けないSさん。
真正面を向いたEさんの背中が、みるみる遠くなっていく。
友人同士が離れてしまうのを、僕はいつも見ていることしかできないの?
僕は波を砕くばかりの岩でしかないの?
もう何も砕きたくないし、できるなら、失いたくないよ。
言葉にならない思いだけが、僕の胸に重なっていく。
EさんとSさんの間にどっちともつかずに歩き始めた僕は、波止場でビットと船を繋ぐロープみたいに揺蕩っている。
僕はかろうじて二人に、とりあえず計画してくれていたお店に行って、よほど行列だったら考えようと伝えた。
僕は末っ子のプロである。
末っ子はわがままであるかあもしれないが、ある程度の和を重んじている。
平和な水槽の小さな幸せを、ただ眺めて楽しむように。
友人同士がそれなりに円満で、我がままで居られてあしらわれるくらいが丁度いいのである。
電車に乗ってもそれぞれが別の方を向いた。
なんとなくEさんの近くにいたけど、言葉が見つからなかった。
電車を降りて、また、別々の歩幅で距離を開けて歩く。
相変わらず間を揺蕩う僕に、Sさんが話しかけてくれる。
「ぎゅまさんも大変な時期あったやんな」
「あ~、まあ介護の仕事やってた時、というか辞めたときはそれなりに、ね」
僕は歩く速度を緩めて隣に並び、少し濁した笑顔を作って答えた。
Eさんは少し前を歩いている。振り返りはしなかったけれど、距離は一定を保ったままだった。
Sさんといくつか会話をして、オレンジ色に光った街灯が流れていく。
「まあ、色々あったし辛かったよ。人生の”良い時間”を棒に振ったけどね」
Sさんの横顔は腑に落ちていない。
Sさんは僕から見ると愛が深い人だから、僕の身になって考えを巡らせてくれたんだと思う。
僕には検討も付かないけれど、その愛故に、Sさん自身もつらい事も多かったのかもしれない。
僕の為に、何かを言ってくれようとしていた。その気持ちだけで十分だった。
「たぶん、神様か何かが、おまえは調子に乗っているから、身の程を知れって言ってくれたんだと思うよ。まあわからないけど」
僕は何も説明しなかった。
陰か陽かで言えば陰ってだけで、多少は女々しいけれど、今は別に後ろ向きなわけじゃない。
ぼんやりとした表現だったけれど、伝わる伝わらないより素直な気持ちを話したかった。
そんな会話をしていると店に着いた。
前に二人並んでいるだけで、時間の問題はなさそうだ。
幸いすぐに案内され、カウンター席へ案内される。
左手にはEさん、真ん中に座る僕、右手にはSさん。
ゲームの中では左右がわからないのに、こんな時ばかり左も右もすぐ浮かぶ。
注文をして、持ち時間。いくつかの言葉が僕の頭を通り過ぎた。
もう大阪の旅も残りわずかだから、仲良くしよう。
何も気にしないし、十分楽しませてもらっているから水に流して過ごそう。
僕は少し前ならこんな感じの言葉をかけただろうなと、客観的に思っていた。
今は客観的な分だけ、自分の言葉ではないように思えてしまう。
カウンターを挟んだ職人二人は、手際が良いのに静かで、言葉なんて不要なほどの連携だ。
不思議と暖かな気持ちだった。
気を使うとか、こんなことになるならとか、そういう負の気持ちは全くない。
誤解を恐れずに言えば、喜びを感じていたんだと思う。
家族でもないのに、僕を思ってくれる人が居る。両手にふたり。
三人の前に、同じラーメンが並ぶ。
モチモチの麺と濃く美しく澄んだスープを同時に味わう。
その美味しさの喜びを感じるように、僕は三日間で二人が注いでくれた優しさを思い返し、味わっていた。
僕が何かできるとすれば、人生の貴重な時間を使って会いに来てくれた喜びを、ただ伝える位しかできない。
だから今は、信じて、手放す。
言葉もなく、それぞれが夢中で目の前にある一杯のラーメンを味わった。
暖簾が下りて、僕らもラーメンを平らげた。
「こんだけ美味しいと他のも食べたくなるよな。Eは食うてへんのよな」
SさんがメニューとEさんを見ながら、話しかける。
「醤油しか食うてへん。つけ麺とか絶対美味いだろうけど醤油くっちゃうんよな」
Eさんもそれに応えて、互いの視線が繋がる。
僕はもう大丈夫だと思った。
末っ子のプロは空気に敏感なのである。
中華そば うえまちさんを出て、僕らはまた同じだけの歩幅に戻った。

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