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【大阪一人旅】甘くない積み重ね 【part 2】

エッセイ/日記(日常譚)

大阪に到着してホテルへ移動し荷物を預ける。
そして着替えをすれば、楽しむための【準備完了!】なのである。

初めての一人旅。
白いポロシャツにベージュのハーフパンツ。
一張羅に身を包めば気分も上がる。

ん……?

TPKSたんぱんこぞうスタイルやないかい。
誰もたぱカスって略してないね?せめてティーピーケーエスで頼むw

早速ツッコミを決めちまったぜ。
ん?決めたのはボケか?
まあなんでもいいかw

土砂降りの雨は止んだ。
大阪なんばの空は、まだ眠そうに曇っている。
僕のエオルゼアでのファミリーネーム、何を隠そう晴れを司ると書いて晴司ばれしである。

僕はこれからの旅が晴れていくことを勝手に予感し、電車に乗り込むのであった。

神様のお使い

向かうは奈良、春日大社である。

氏神様が春日系なので、折角関西へいくなら訪れたいと思っていた。
譲れない旅先のひとつである。

近鉄奈良駅で降りて、曇り空の中を一之鳥居へ向かう。

少し歩いて一之鳥居の前、会釈し鳥居をくぐる。

一之鳥居から御本社(大宮)

二之鳥居に向かって参道の端を歩いていると、下が細かい砂利道だからなのか普段より道が険しく感じた。これは後から気付くのだが、参道は緩やかな登り坂になっていたのだ。

目標を達成するのに必要なことは、きっとこうやって緩やかな上り坂を一歩一歩登るようなものなのではないかと思う。
何かがその場で大きく変わるという事は、滅多にない。
毎日の地道な積み重ねが、ただそれだけが自分を少しずつ、そして大きく変えてくれるのかもしれない。
僕は鹿の落とし物を踏まないように、息を少しあげながらそんなことを思っていた。

そして鹿と触れ合うこともなく、二之鳥居に到着。

手水所てみずしょで身を清め、祓戸神社はらえどじんじゃに参って穢れを祓って頂く。

御本社(大宮)から水谷神社

周りは、苔むした木々や灯篭が行き交う人々を見守っており、雨上がりの空気が神秘的な雰囲気を一層強く感じさせた。
全く同じではないにせよ、昔に生きた人々も同じような景色を見ていたのだろうか。

僕は今までの”道”を思った。
きっとこの神秘的な景色に、自分の”昔”とか”歴史”を重ねてみたかったのだと思う。

僕がどんなに一緒に居たいと願っても、同じ道を歩けない人も、道を違えてしまった人もそれなりにいる。

ここで行き交う多くの人々と、袖が振り合うこともない。

歴史あるこの参道を一人で歩くからこそ、いま僕の周りにいてくれる人とのご縁を感じられる。
そしてそれが有り難いことだと少しわかるようになってきた。

僕はこの感情を心に刻むように、緩く続いていく登り坂を踏み締めた。

御本社(大宮)回廊内

大宮は特別拝見エリアも含め、すべて周ることができた。

ご本殿のお参り中、感謝を伝えていると晴れ間が差した。
背中は暑いほどで、すぐに曇り空に戻ってしまったけれど、どこか光栄な気分だった。

その後は、藤浪之屋ふじなみのや御蓋山浮雲峰遙拝所みかさやまうきぐものみねようはいじょなどの回廊内各所をお参りし周って帰路に着いた。

画像は藤浪之屋ふじなみのやの中だ。

画像では明るく見えるが、実際は足元がギリギリ見える位で歩くのも結構怖い。

真っ暗闇の部屋の釣り灯篭に光がぼんやりと灯ってる。
僕にはこの灯りが神々しいとか、輝いているというよりも、そぼふる雨の中にぼんやりと佇む蛍の光に見えた。
もしかすると人々の願いってこういう感じなのかもしれない。

帰りの参道、無事にお参りできて心が軽い。
また来たい。
次はもう少し時間を取って国宝殿を見るのもいいかもしれない。

東大寺に寄ったり、奈良や京都の歴史ある場所をもっと見てみたい。

晴れ晴れとした気分のまま、お手洗いに寄って外へ出ると、そこには一匹の鹿がいた。
角の立派な男っぷりの良さそうな牡鹿おしかである。

道中、お辞儀をしてくれる鹿はたくさんいたが、この鹿はお辞儀などしなかった。
仁王立ちの如く僕の前に立ちはだかったのだ。

愛犬がいる僕は、動物の扱いをある程度心得ている。
手の甲を下から差し出して臭いを嗅いでもらうのだ。

問題があればここで去ればよい。
この牡鹿は若そうなのに堂々としている。フンと鼻から一息吐いただけでビクともしないのである。

僕はこの鹿が、ただモノではないと直感した。
撫でさせてもらうしかないと思い、僕はかがんで目の高さを合わせて首元を撫でた。

すると今までビクともしなかった牡鹿は、立派な角で僕の左肩をド突いたのである。

「えっ……」

か、カツアゲだ……。
そう、これはきっと鹿せんべいのカツアゲである。

もし僕が鹿せんべいを隠し持っていようものなら、鹿せんべいの場所は暴かれ全てを奪われていたに違いない。
しかし幸いにも僕は真っすぐ参道を下りてきたため、鹿せんべいを買っていないし、ましてや鹿せんべい片手に雌鹿めじかをたぶらかしたりはしていない。

やましい事をしていないのであれば、ここで屈してはいけないのである。

僕は毅然きぜんとした態度で立ち上がると、深々とお辞儀をした。

この余裕には、さすがの牡鹿もバツが悪かったのか、急に余所余所よそよそしくなった。
僕の男っぷりも負けていないようだ。

しかし、鹿と男っぷりを比較していること自体、中々に情けない事と言えなくもないが気にしてはいけない。

ド突かれた左肩の辺りをよく見ると、僕の白いポロシャツ(一張羅いっちょうら)は角のあとで結構汚れていた。
ショックを受けかけたが、寸でのところで神の使いからお印を頂いたということにした。
また来いということであろう。なんともいきな神様のお使いである。

駅までの帰路、天然の鯛焼き屋、りんたろう鯛焼きさんがあり一匹食べざるを得なかった。
ちなみに、甘いものは控えてる。
ってはいないので鯛焼きのひとつくらい許されるというものだ。

ちなみに天然というのは、鋳物いものの焼き型を使い一匹ずつ焼きあげる鯛焼きである。

こちらのつぶあん鯛焼きは、卵と牛乳を使用していないらしい。
コク的なものは足りるのであろうかと思うなどしたが、結論から言うと杞憂きゆうであった。

なるほどたしかに強火で一気に焼きあげているためだろう、カリッカリ薄皮の外身とアッツアツのつぶあんで一匹単位での外身と中身の食感のメリハリが素晴らしかった。
しかも、カリッカリの中にモチがひとそえされている気がする。

米粉っぽいモチ感であるが米粉ほど主張しきっていない奥ゆかしさがある気もする。
もしかしたら気のせいかもしれない。
甘さ控えめなつぶあんが沼で、この餡を邪魔せず引き立たせるための卵・牛乳不使用だと感じた。
餡はおそらくザラメだと思うが不明である。

パンチの効いた店であるとか、SNS映えとかはしないかもしれない。
おそらく”今までに食べたことのない”という類の驚きは、多くの人は持たないだろう。
しかし、地味かもしれないが、僕はこれぞ職人の作るこだわりの鯛焼きだと思う。

ちなみに食べ歩きをしていなかったら、他の味も余さず味わってしまうところであった。

お近くに行く機会があれば、一度味わって見て欲しい。

そうして僕は奈良を出て、大阪へ戻るのであった。

エッセイ/日記(日常譚)
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